| 年 月 日 | 出来事及びトピックス | |
| 昭和47年11月 |
十條製紙十條工場の閉鎖に伴い新規事業の総合エンジニアリング分野への進出を目的とし、十條機電株式会社発足。(資本金1.000万円) |
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| 昭和48年 5月 | 一般建設業許可 | |
| 昭和50年 4月 | 十條製紙よりピュアパック充填機の整備、部品製作受注開始 | |
| 昭和50年 7月 | 十條製紙都島工場内に大阪事業所を開設 | |
| 昭和51年 4月 | 十條製紙石巻工場に石巻事業所開設 | |
| 昭和52年 6月 | タービン・ボイラーの定検工事の受注開始 | |
| 昭和52年 7月 | 資本金4.000万円に増資(金額は十條製紙の払込による) | |
| 昭和54年 1月 | 一級建築士事務所を開設 | |
| 昭和54年 8月 | 特定建設業登録許可 | |
| 昭和55年 4月 | 十條製紙八代工場内に八代事業所を開設 | |
| 昭和57年 4月 | 十條製紙技術部より土木建築技術者全員が移籍し土木建築業務を受託 | |
| 昭和58年 1月 | 十條製紙八代工場より土木建築技術者全員が移籍し土木建築業務を受託 | |
| 昭和58年 4月 | 十條製紙釧路工場内に釧路事業所を開設 | |
| 昭和59年 3月 | 十條製紙石巻工場より土木建築技術者全員が移籍し土木建築業務を受託 | |
| 昭和60年 3月 | 十條製紙伏木工場内に伏木事業所を開設 | |
| 昭和63年 1月 | 十條製紙勿来工場内に勿来事業所を開設 | |
| 平成2年 7月 | 社名を十條コンテック株式会社と改称(十條機電株式会社改め) | |
| 平成2年10月 | 秋田事業所開設 | |
| 平成5年 4月 | 十條製紙と山陽国策パルプが合併、日本製紙と改称 | |
| 平成7年 7月 | 岩国事業所を開設 | |
| 平成11年 5月 | 自家用自動車のリース業認可 | |
| 平成13年 3月 | 日本製紙と大昭和製紙が事業統合し、日本ユニパックホールディングが誕生 | |
| 平成13年 4月 |
日本製紙工作部門の専門会社化のため、新会社として日本製紙ユニテック株式会社に社名変更 |
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| 平成13年 6月 |
本社4事業部がISO9001の認証を取得 |
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| 平成16年 3月 |
関西事業所を閉鎖 |
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| 平成16年10月 | 日本ユニパックホールディングが「日本製紙グループ本社」へ社名変更 | |
| 平成17年11月 | 釧路事業所電装部を機電部に名称変更 釧路事業所勇払出張所を廃止し、苫小牧出張所を新設 八代事業所に原動部を新設 |
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| 平成18年 7月 | 大昭和ユニテック、十條リサーチ、プラント設計研究所と合併 伏木事業所の廃止、岩国工営統括部の新設 |
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| 平成19年3月 | 業務管理室の廃止、車両部の廃止 | |
| 平成19年4月 | 工営部門の名称統一、富士事業所の新設、事務部門(営業部含む)の整理・統合、原動定検部の機械事業部編入 | |
| 平成20年4月 | 機械事業部工作部の「ピュアパックグループ」を、業務委託元の紙パック社の名称変更に合わせて「エヌピーパックグループ」に改称 | |
| 平成20年7月 | 総務管理部の管理職人事異動により、企画管理、総務、人事の各セクションを「企画・管理」「総務・人事」の各グループ名称に変更する | |
| 平成20年9月 | 日本製紙伏木工場の生産停止により、伏木工営統括部を閉鎖 | |
| 平成21年4月 | 本社に設備管理室を設置して、日本製紙と連携して工場のメンテナンス再編を推進 機械事業部の原動定検部は、休止状態であることから廃止する 総務管理部を、今後の組織拡大等への対応のため総務人事部および管理部の2部体制とする |
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| 平成21年10月 | 本社の安全衛生管理室を安全環境管理室に変更 日本製紙のメンテナンス一元化方針により工営統括部に、日本製紙より工営統括部に、保全部門、電装部門が移管される 関連して、工営各部門に設備管理グループが設置される 移管を機会に事業所が統一され、旧事業所は新事業所のもとに「事業統括部」となる |